○連取の領主であった駒井氏の代官、飯島一覚が韮塚の西の諏訪の原から移植したものと伝えられている。
○境内に奉納年月享保二年(1717年)酉九月吉日と記された石碑があり、来歴が文字で明確になっている巨樹・古木はめずらしい。
○文化5年(1808)の版画には、すでに高さ1丈(3m)余り、太さ8尺(2.4m)余り、枝張り25.6間(50m)四方ある「老之松」として描かれている。
○葉は剛直で大きく、全体の姿も龍が舞うようである。荒削りで男性的な雰囲気を持っている。
○マツのある菅原神社は連取村上組の鎮守で、秋に上組の氏子が毎戸一人竹や縄を持ち寄り手入れし、今の形となっている。
○この松の隣にある「シンマツ」は、明治43(1910)年旧光福寺境内に植えられたもので樹齢は110年となっている。。
○黒松、別名オマツ(雄松)は、樹肌が黒く、赤松、別名メマツ(雌松)に比べて荒々しい感じがすることから呼ばれる。
前橋から駒形バイパスを伊勢崎に向かい、オートレース場を左に見て直進し、「連取町十字路」交差点を右折して次の信号を右折して200m先左側に菅原神社入ロがある。