○昔、浄蔵寺の山はスギ林で、昼も薄暗いほどだった。このスギ林の上にイチョウの大木がうっそうと繁っていた。しかし、戦時中、食料増産のため山は開墾され、畑や墓地に変わったが、イチョウだけが寺のシンボルとして残った。
○樹齢500年を数える老木だが、樹勢は盛んで、乳房状の担根体が数多くたれ下がっている。春の新緑、秋の黄葉と四季折々の姿は地域の人々に親しまれてきた。
○銀杏、公孫樹、別名ギンギョウ。
中国原産といわれるが、自生地は不明。イチョウ科は、中生代のジュラ紀に最も栄えたグループだが、現生種ではイョウだけが生き残っている。針葉樹と同じ裸子植物の一つ。1属1種である。
○イチョウの呼び名は、葉が鴨の脚に似ていることから、鴨脚ヤーチャオが転じたイーチャウからイチョウになったといわれる。
言われる。
○漢名公孫樹は、木の実がなるのに長い年月を要し、祖父が植えても、その実を食べるのは孫の代になるからだという。
○雌雄別殊で、寿命が長い。
○市町村合併に伴い、平成17年3月28日に改めて新太田市の文化財として指定された。
国道17号(上武国道)の尾島町「安養寺」交差点から館林方向に進む国道354号を2.5kmほど東進し、「尾島1丁目」交差点を右折して500mほど南に進むと、左側に大イチョウが見える。浄蔵寺の駐車場は南側にある。