正覚寺は応永13年(1406年)、上野沼田氏の元家臣の法蔵坊・正覚坊が阿弥陀仏を本尊として、群馬郡根岸に草庵を築いたのが始まりと伝えられており、天正2年(1574年)に中興された。
慶長5年(1600年)、沼田城主であった真田信之は関ヶ原の役において徳川方に従い、東軍に付くことになった。敵味方に別れた信之の父昌幸真田昌幸が沼田城に立ち寄ったところ、甲冑を身に付けた信之の妻・小松姫が開門を拒み女丈夫と謳われたという逸話があるが、その後、当寺に昌幸の一行を案内し酒肴でもてなしたとも伝えられている。
慶長17年(1612年)、小松姫によって寺領が与えられ現在地に移設されたと伝えられている。
小松姫は元和元年(1620年)に享年48歳で亡くなり、分骨された彼女の墓(宝篋印塔)は、沼田市の重要文化財に指定されている。
コウヤマキ科は、コウヤマキ1種のみ。1属1種で日本固有の科である。
和歌山県の高野山に多く育ち、霊木とされている。寺院では、この葉を仏花として用いる。
高野山に参詣し、霊木を持ちかえって植えることから、社寺に老巨樹が多い。
国道120号線(沼田街道)を尾瀬方向に向かい、「下之町」交差点を右折して県道269号線(戸鹿野下之町線)を200mほど進んで公民館の横を右折する。80mほどで正覚寺である。