「市城のサイカチ」ともよばれる(県文化財指定名は「中之条のサイカチ})
サイカチでは、全国屈指の名木である。
市城は、延喜式によれば朝廷の御牧で、上野九牧の一つ「市代牧」と称され,天歴元年(947)八月には名馬「白波」を村上帝に献上したこともある。養和2(1182)年、源頼朝が神馬砂金を伊勢神宮に奉納したとき、吾妻八郎が栗毛の駒を献じていることから鎌倉時代に活躍した吾妻氏は市城牧を母体として成長した武士団と考えられている。源平時代には清和源氏の直流が牧監として赴任。さらに下って戦国時代天正八年(1580)に沼田城代となった海野能登守輝幸の愛馬も「市代黒」と称してこの地の産である。
寛保二年(1742)の大水害でこのあたりは被害を受けたが、その後、狩野家の鬼門除けとして現在にいたっているという。
サイカチの種子にはサポニンを含み、石鹸の代用や薬用となるが、このように、馬の飼育が盛んなこの地で、馬を洗うためにサイカチの実を使用したらしい。その名残からこの樹が残ったのであろうか。
葉は、偶数羽状複葉である。
若木や若い枝には、枝が変形した鋭い大きな刺があり、鬼門除けに用いられた所以である。
木の名のサイカチは、古名の西海子(サイカイシ)がなまったものと言われる。
国道353号線を渋川から草津方面に向かい、小野上を過ぎて岩井堂から約1.5kmほどの市城駅手前の左側道脇にある。冬の初めに種子が道路に散乱する。